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2023-10-11 17:46:50 更新
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7 豊臣秀吉の政策について

カテゴリ:歴史・史跡
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豊臣秀吉は平安京の内裏(だいり)跡である内野に[r:聚楽第:](じゅらくだい)を築造し、後陽成(ごようぜい)天皇の行幸を迎えた。

天正15年(1587)、北野天満宮の境内で[r:北野大茶湯:](きたのおおちゃのゆ)を催した。

[r:寺町:]通の名は、秀吉が行った都市改造の一環として洛中散在の寺院が集められたことに由来する。
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 関白太政(だじょう)大臣に上り詰めた豊臣秀吉は、応仁・文明の乱で荒れ果てた京の都を復興させるために、大規模な都市改造政策を実施。御土居(おどい)もその一環。京都を囲む全長約22.5kmの土塁と堀で、御土居の内側を「洛中」、外側を「洛外」と呼んだ。現在も土塁・堀跡が何カ所か残る。築造の目的は、鴨川の氾濫を食い止めるため、洛中・洛外を区別することで八坂神社や延暦寺などの寺社の権力が及ぶのを遮るため、秀吉の力の誇示のためなどといわれている。
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