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2023-10-11 17:47:25 更新
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9 京都守護職について
カテゴリ:歴史・史跡
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京都守護職は文久2年(1862)、京都の治安維持などのために設置された江戸幕府の役職で、[r:会津:]藩主・[r:松平容保:](かたもり)が初代に任じられた。
会津藩は幕末、「黒谷(くろだに)さん」として親しまれる[r:金戒光明寺:](こんかいこうみょうじ)を本陣とした。
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幕末の京都は尊王攘夷(そんのうじょうい)派による暗殺が横行し治安が悪化していた。会津藩主の松平容保は、将軍後見職の一橋(徳川)慶喜や政事総裁職の松平春嶽(しゅんがく)から再三にわたって京都守護職の就任を要請されたが、あまりに危険なため何度も固辞した。家老の西郷頼母(たのも)らも「薪を背負って火を救うようなもの」と反対するが、容保は藩祖の保科正之(ほしなまさゆき)による「徳川将軍に一心に忠義を尽くすべきである」との家訓に従い、京都を死地とする覚悟で引き受けた。
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