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2023-10-11 17:44:52 更新
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12 琵琶湖疎水について
カテゴリ:歴史・史跡
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琵琶湖疎水事業は、琵琶湖の水を発電・舟運などに活用するため、第[r:三:]代京都府知事・[r:北垣国道:](くにみち)により推進された。
明治18年(1885)、工事に着手し、責任者には[r:田邊朔郎:](たなべさくろう)が任命された。
[r:南禅寺:]の境内には疎水の支流が流れる[r:水路閣:]が建築された。
琵琶湖疎水の付帯工事として、[r:蹴上:](けあげ)に日本初の事業用[r:水力発電所:]が建設された。
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琵琶湖と京都の間には長等(ながら)山があり、琵琶湖疎水建設は難事業だった。疎水を利用した舟運は大津から長等山のトンネルを抜け、山麓をめぐって蹴上に出、落差36mの急勾配を「インクライン」という傾斜鉄道で下って京都市内に入った。インクラインの下のトンネルは「ねじりまんぼ」と呼ばれ、内部のレンガが渦を巻くように螺旋(らせん)状に積まれていて、入り口から奥に吸い込まれるような奇妙なトンネルだ。
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