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2023-10-13 08:53:24 更新
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36 大徳寺について
カテゴリ:神社・寺院
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大徳寺は鎌倉時代末期に[r:宗峰妙超:](しゅうほうみょうちょう)が創建した。
応仁・文明の乱で荒廃したが、[r:一休宗純:](いっきゅうそうじゅん)が堺の豪商・[r:尾和宗臨:](おわそうりん)の援助で復興した。
[r:豊臣秀吉:]が[r:織田信長:]の葬儀を大徳寺で行い、菩提寺(ぼだいじ)として塔頭(たっちゅう)・[r:総見院:]を建立した。
[r:千利休:]の帰依(きえ)を受けてから茶道とのか関わりが深い。
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名僧・一休宗純は大徳寺で修行したことで知られる。一休と親交があったわび茶の創始者・村田珠光(しゅこう)をはじめ、千利休ら茶人、文化人、商人、大名らが幅広く寺を庇護・支持して栄えた。利休は大徳寺三門の上層を建立。「金毛閣(きんもうかく)」と名付けられた同門の2階に雪駄(せった)を履いた自身の木像が安置された。これが、三門を通る人は雪駄履きの利休の下をくぐることになるとして豊臣秀吉の怒りを買い、自害を迫られる理由の一つとなった。
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