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車折神社


〒616-8343 京都府京都市右京区嵯峨朝日町23
☎075-861-0039
www.kurumazakijinja.or.jp/
車折神社 北側入口
写真は北側入り口(嵐電車折神社駅前)
Google Map
(北緯 35°00'57.60" 東経 135°41'20.20")


南側入口(バス停側) : Google Map
(北緯 35°00'53.80" 東経 135°41'20.36")
北側入口(嵐電駅側) : Google Map
(北緯 35°00'59.96" 東経 135°41'20.56")


車折神社 くるまざきじんじゃ
 平安時代末期の儒学者、清原頼業(きよはらよりなり)公(1122~1189)を祀(まつ)る。
 社伝によれば、後嵯峨(ごさが)天皇が、牛車(ぎっしゃ)に乗ってこの社前を通ろうとした時、突然牛が動かなくなり、車の轅(ながえ)(引棒)が折れたことから、車折神社と呼ばれるようになったといわれている。昔から学問の向上、商売繫昌、売掛金回収に御利益があるといわれ、社務所で授与された小石に祈願を込め、家に持ち帰り、願いが成就(じょうじゅ)したらお礼の石を一個添えて神前に返納するという慣(ならわ)しがある。
 境内には、芸能道の祖神といわれる天宇受売命(あまのうずめのみこと)を祀った「芸能神社」があり、古来、芸能上達を祈願する人に厚い崇敬を受けている。また、当社の宮司でもあった富岡鉄斎の「筆塚」がある。
 毎年五月の第三日曜日に行われる「三船祭(みふねまつり)」では、新緑の嵐山大堰川(おおいがわ)に、御座船(ござぶね)をはじめ、龍頭船、鷁首(げきす)船、扇流し船などの多くの船を浮かべて、平安時代の優雅な風情を再現する。三船の名称は、白河天皇が、漢詩・和歌・奏楽に長(た)けたものを三隻の船に分乗させたことによる。
京都市

駒札位置 : Google Map
(北緯 35°00'52.08" 東経 135°41'20.60")



Kurumazaki Shrine
 This shrine is dedicated to the Confucian scholar Kiyohara Yorinari (1122-89).
 A legend is associated with the name of this shrine. One day the Emperor Gosaga was traveling on the road in front of the shrine when the ox pulling his carriage stopped suddenly, breaking the carriage's thills. Thus, the shrine was named kurumazaki, or "broken carriage."
 Throughout its history, the shrine is said to have granted supplicants improved study abilities, more prosperous businesses, and repayment of debts. It is customary for the supplicant to obtain a pebble from the shrine office, imbue it with his or her prayers, and carry it back home. Those whose wishes are fulfilled are requested to return the pebble to the gods, and to include another stone in gratitude.
 In the precincts, there is another shrine called Geino Shrine in which is enshrined a God known as a progenitor of entertainment, and has been deeply revered by those who wish improvements of each field.
 Every year on the third Sunday in May, the shrine hosts the Mifune Festival, the highlight of which is a flotilla of boats on the Oi River set against the green backdrop of Arashiyama. This festival recreates the genteel atmosphere of the Heian Period.
Kyoto City



由緒書
車折神社のご案内 (くるまざき~)
【ご由緒】
 ご祭神・清原頼業公は平安時代後期の儒学者で、天武天皇の皇子である舎人親王のご子孫にあたり、一族の中には三十六歌仙の一人である清原元輔、その娘、清少納言らの名も見られます。
 頼業公は大外記の職を24年間も任め、和漢の学識と実務の手腕は当代無比といわれ、晩年には九条兼実から政治の諮問にあずかり、兼実から「その才、神というべく尊ぶべへし」と称えられた程です。
 頼業公は平安時代末期の1189年(文治五年)に逝去され、清原家の領地であった現在の社地に葬られ、そこに車折神社前身となる廓が設けられました。やがて頼業公の法名「宝寿院殿」に因み、神社に隣接して「宝寿院」という寺が営まれます。この寺は室町時代に至り、足利尊氏により嵐山に天龍寺が創建されると、その末寺となり、神仏習合で神社と寺が一体となり、明治時代に至ります。
 また、頼業公は生前、殊に桜を愛でられたのでその廟には多くの桜が植えられ、創建当初より「桜の宮」と呼ばれていましたが、後嵯峨天皇が嵐山の大堰川に御遊幸の砌、この社前において牛車の轅が折れたので、「車折大明神」の御神号を賜り、「正一位」を贈られます。これ以後、当社を「車折神社」と称することになりました。

【ご神徳】(ご利益)
 ご祭神・清原頼業公のご学徳により学業成就や試験合格はもとより、特に、「約束を違えないこと」をお守り下さる霊験あらたかな神様として全国的に強い信仰があります。
 例えば、商売をなさっている方においては、様々な約束事や契約が守られることにより、集金が滞りなく進み、経営が都合よく運ぶ御加護(商売繫昌)が頂けます。
 同様に一般のご家庭においても、家計のやり繰りが都合よく運び、生活が豊かになり、お金に不自由しない御加護(金運向上)が頂けます。
 更に恋愛や結婚においても、様々な約束事や誓いが守られ、順調に成就・進行する御加護(良縁成就)が頂け、ご社頭には遠近からお参りする人々が絶えません。
 また境内は桜と紅葉の名所として知られ、特に桜は様々な種類が二月下旬から四月下旬までご覧になれます。

【祈念神石】――古来より当社に伝わる、願い事を叶える神石――
 様々な願い事のある方は、はじめに社務所にて祈念神石を授かり、ご神前において願い事を心中にて強く念じた後、持ち帰り、願い事が成就した折には自宅や海・川・山などで石を一個拾って洗い清め、その遺志に「お礼」の言葉や祈願内容を書き記し、授かった祈念神石と共にご神前に返納するならわしとなっています。

【富岡鉄斎】――近代日本画の巨匠――
 富岡鉄斎が、明治時代に当神社の宮司を任めており、その作品が当神社に多数伝わっています。

【主な祭事】
歳 旦 祭  ― 1月1日
節 分 祭  ― 2月節分日
例祭(大祭) ― 5月14日
三 船 祭  ― 5月第3日曜日
夏越の大祓式 ― 6月30日
万 灯 祭  ― 8月14~16日
重 陽 祭  ― 9月9日
火 焚 祭  ― 11月23日
晦日の大祓式 ― 12月31日
月 次 祭  ― 毎月4日、14日、24日
○清原頼業公を主祭神としてご本殿に祀り、「車折神社」と称する神社は、当神社以外にございません。
車折神社

由緒書奉納 神戸(株)新生公司 森 治良
平成22年12月
由緒書位置 : Google Map
(北緯 35°00'57.32" 東経 135°41'20.68")



芸能神社
芸能神社
芸能神社は車折神社境内にある末社の一つで、天宇受売命(あめのうずめのみこと)を芸能・芸術の祖神として祀っている。芸能・芸術・技芸・人気運の神様として、芸能人や芸能関係者の信仰篤く、「朱塗りの玉垣」が多数奉納されている。
芸能神社 : Google Map
(北緯 35°00'56.28" 東経 135°41'20.56")
玉垣奉納受付中 玉垣の一部

訪問日:2023-07-14


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